水がむすぶ
港町新潟
⑨ 白山神社大船絵馬
新潟白山神社奉納「大船絵馬」の再現模型です。
嘉永5年(1852)制作。作者は「新潟湊之真景」などでも知られる新潟町の画人・井上文昌(いのうえぶんしょう)です。「願人」(奉納者)は廻船差配人の市島次郎吉正光。次郎吉は大地主として知られる市島家分家の一つであり、絵馬制作の当時は廻船40隻余りを所有し廻米を行っていました。
江戸時代、白山神社の境内やその外側・周辺には年貢米などを納めた蔵が建ち並んでいました。この絵馬は画面下半分に新潟湊から幕領の年貢米を積み出し廻米する光景を、また金雲で空間を切った画面の左上には大坂、右上には江戸という、米の送り先が極彩色で描かれています。額を含めた全体の全体は縦約190cm、横約360cmと大型です。特に新潟湊については、朱の丸と「御用」と書かれた旗を掲げ米俵の積み込みを待つ廻船、帆を広げ出帆する廻船、また廻船に米俵を積み込む小型船である艀や天渡船をはじめ、大小の様々な船々など、湊とそこで行われる廻米の様子を詳細に描いています。
次郎吉が廻米請負の安全祈願のため奉納したものと考えられています。
嘉永5年(1852)制作。作者は「新潟湊之真景」などでも知られる新潟町の画人・井上文昌(いのうえぶんしょう)です。「願人」(奉納者)は廻船差配人の市島次郎吉正光。次郎吉は大地主として知られる市島家分家の一つであり、絵馬制作の当時は廻船40隻余りを所有し廻米を行っていました。
江戸時代、白山神社の境内やその外側・周辺には年貢米などを納めた蔵が建ち並んでいました。この絵馬は画面下半分に新潟湊から幕領の年貢米を積み出し廻米する光景を、また金雲で空間を切った画面の左上には大坂、右上には江戸という、米の送り先が極彩色で描かれています。額を含めた全体の全体は縦約190cm、横約360cmと大型です。特に新潟湊については、朱の丸と「御用」と書かれた旗を掲げ米俵の積み込みを待つ廻船、帆を広げ出帆する廻船、また廻船に米俵を積み込む小型船である艀や天渡船をはじめ、大小の様々な船々など、湊とそこで行われる廻米の様子を詳細に描いています。
次郎吉が廻米請負の安全祈願のため奉納したものと考えられています。