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水がむすぶ  田をひらく、村をおこす
新川底樋埋設工事の状況
 
(資料番号:2004-U1-00110)
種別:模型
時代:近世
地域:西地区
 1818年、潟の水を海へ流し出すため、新たに内野新川が開削されました。
 途中、新川は西川と交差します。そこで、西川の下を底樋でくぐり抜ける工事がおこなわれました。
 この模型は完成間近の底樋工事の様子をあらわしたものです。
 西川の流れを一時的に移し、本来の川底の流路を掘り下げ、地下水をくみ出しながら、水路を設置しました。
新川底樋埋設工事の状況
新川底樋埋設工事の状況

 

  • 三潟水抜き工事の目的
  • 西蒲原郡にはかつて、鎧潟・田潟・大潟の三潟をはじめ多くの潟や沼がみられました。三潟のあった場所は土地が低く、且つ排水が困難だったために、降った雨が集まって長期間湛水しました。
     また、たびたび洪水が発生し大きな被害を出したことから、それらに悩まされた長岡・村上藩領の人々は、三潟の水を海に抜くことを計画しました。
     こうして、新造されたのが内野新川です。工事は日本海側と大潟側からの2方向から行われ、金蔵坂掘り抜き・底樋埋設の2大難工事がありました。

  • 新川底樋埋設工事模型
  •  新潟町の要望に従って西川の流量を変えることなく、新川の水を海に吐き出すために行われたのがこの工事です。
     そのために、西川の下に新川の底樋(木製の導管)を通すことで、西川・新川2つの川を立体交差させました。
     底樋の寸法は、全長約76メートル、幅約5.4メートル、高さ約1.2メートルで、底樋の上に土を約1メートルかぶせて西川の川底としました。
     底樋は2本通されました。長岡・村上各藩領の負担で1本ずつ建造されました。