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新潟へ来航した外国船を描いた引き札
 
(資料番号:2004-U1-00210)
種別:複製
時代:幕末期
地域:本庁地区
1958(安政5)年、幕府がアメリカなど5カ国と修好通商条約を結んだことによって、新潟にも外国船が来航するようになりました。
新潟の商人宿「のとや」の引き札(広告ちらし)には、ロシア船ジギット号の来航が紹介されています。
新潟の商人宿「のとや」の引き札(広告ちらし)
「のとや」の引き札
  • ジギット号が新潟に来た経緯
  • ロシア蒸気船ジギット号は、箱館駐在ロシア領事の命を受けて、新潟港の水深測量と町の調査に来航しました。  ジギット号の乗組員は、信濃川までボートを乗り入れて水深を測り、さらに8人の乗組員が新潟町に上陸しました。
     このとき、新潟の人々は、はじめてヨーロッパ人に接しました。

  • 引き札に書かれている内容
  •  引き札は、現代でいう広告チラシです。ロシア船が来たというニュースとともに、商人宿「のとや」の広告の文章も書かれています。
     ニュースの文章は、「頃ハ安政六年未四月二十二日七ツ時/ヲロシヤ舟渡来ス舟長サ三十間余/はゞ十五間余同廿三日ヲランダ舟渡来ス/舟長サ四十五六間余はゞ十九間余」という文章です。画面中央の船の右横に書かれています。
     宣伝文は、「越後新かた古三之町東側橋より下へ三軒目/商人定宿 ○八(まるはち) のとや伝右衛門/松ヶ崎木崎ほり割かめた((亀田))まの((真野…聖籠町))加治へ毎日早船奉申候/各人様方より又候御たつね被下置度御願奉申上候」というものです。
     宣伝文から、新潟市周辺の町へ、内水面を利用した舟運が発達していたことが推測できます。