情報潟録タイトルイメージ常設展示に関する情報

Last Update : 2007.4.11.Wed

 

■ 水がつくる ■

川と海の「水」は、砂丘と低湿地からなる新潟の地形を形成しました。

◆砂丘の形成(映像)

砂丘形成(映像)

>>砂丘の形成(映像)

縄文時代から室町時代までにかけて、新砂丘I〜IIIまでの3段階の砂丘がつくられました。

◆信濃川・阿賀野川の流域模型

流域模型

>>流域模型

ふたつの川は、合わせて約2万キロ平方メートルの広大な流域から水を集めて河口の新潟から日本海へ流れ出ます。


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■ 水がむすぶ ■

 「水」の上を行く船は、遠くへ、早く、大量の物を運び、人や情報の交流をもたらします。
海と大河の出会う新潟の地は、水上交通の要の地として繁栄してきました。

◆砂丘に刻まれた営み

緒立八幡宮古墳模型

>>緒立八幡宮古墳(模型)

東日本では葺石のない古墳が多い中、この古墳は葺石を持ち、この古墳の主とヤマト王権との関係が深かったことを示しています。

■主な展示品
  • 縄文時代の新潟(イラスト)
  • 笹山前遺跡出土深鉢型土器
  • 緒立八幡宮古墳模型(模型)

◆渟足柵と的場の漁労

的場集落(模型)

>>秋の的場集落(模型)

的場遺跡からは、奈良・平安時代にサケ漁をしていた村のあとが発掘されました。模型では、サケ漁を行う秋の村の様子を再現しました。

■主な展示品
  • 渟足柵を想像する(映像)
  • 秋の的場集落(模型)
  • 木簡「杉人鮭」
  • 浮子
  • 帯金具

◆三ヶ津の時代

永禄六年北国下り遣足帳

>>永禄六年北国下り遣足帳(複製)

現在知られている中で、「ニイカタ」という地名が記されているもっとも古い史料です。

■主な展示品
  • 珠洲焼の壺(複製)
  • 永禄六年北国下り遣足帳(複製)
  • 戦国期新潟をめぐる攻防(装置)
  • 山木戸遺跡出土の下駄

◆湊町新潟

大船絵馬の一部

>>新潟白山神社大船絵馬(複製)

 このコーナーでは、17世紀から19世紀に、信濃川河口で栄えた港町新潟を紹介します。

■主な展示品

◆新潟の上知と開港

引き札(複製)

>>新潟へ来航した外国船を描いた引き札(複製)

 このコーナーでは、19世紀中頃に、海防上の理由から、新潟が幕府の直轄地となり、開港五港の一つに選ばれたことを紹介します。

■主な展示品

◆新潟築港と都市化

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>>初代万代橋と信濃川(模型)

初代万代橋は、長さ 782 m、幅 6.4 mの木橋でした。大工延べ 13,210 人、総工費 37,000 円余をかけて架けられました。模型は当時の記録をもとに 1 /150 で製作しました。

■主な展示品
  • 初代万代橋と信濃川
  • 北湊新聞創刊号(複製)
  • 北洋漁業のサケマス漁場図(複製)

◆都市の広がりと災害・公害

展示室

>>展示コーナー全景

第二 次世界大戦後、新潟はさまざまな災害・公害に悩まされました。それらの困難を乗り越え、都市部はかつての湿田地帯にひろがっていきました。

■主な展示品
  • 海岸決壊(映像)
  • 地盤沈下(映像)
  • 新潟大火(映像・音声)
  • 新潟地震(映像)


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■ 水にいどむ ■

「水」は生産の基礎となり、人々は農業や漁業によって暮らしてきました。
一方で、「水」は生産に災いをもたらし、暮らしを脅かすこともありました。

◆田をひらく、村をおこす

新川底樋埋設工事(模型)

>>新川底樋埋設工事(模型)

江戸時代のはじめ、新潟の平野には、多くの人々が移り住んできました。江戸時代の半ばをすぎると、低湿地の水位をさげ、水害を避けるために、大規模な治水工事がおこなわれました。

■主な展示品

◆低湿地に暮らす技術

潟べりの自然

>>潟べりの自然(ジオラマ)

蒲原平野に点在する「潟(かた)」と呼ばれる湖沼のジオラマです。

■主な展示品
  • 潟べりの自然(ジオラマ)
  • ヤチ切り鎌
  • 潟の生き物と人々の暮らし
       (ロッカー展示)
  • 収穫の風景(ジオラマ)

◆蒲原平野の村々

明治期の女池地区(イラスト)

明治期の女池地区(イラスト)

 このコーナーでは、信濃川・阿賀野川の下流域にひろがる平野の村々について紹介します。

■主な展示品
  • 「稲」から「米」へ
       館蔵脱穀調整具
  • さまざまな川舟(模型)
  • 新潟で育まれた特産品(模型)
  • ネズラ下駄

◆広がる美田

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 このコーナーでは、20世紀になって 、洪水や排水不良が克服され、やがて用排水を完全にコントロールした美田がひろがるようになったことを紹介します。

■主な展示品
  • 繰り返す水害(装置)
  • 樫木式排水機(イラスト)
  • 失われゆく水郷の風景(パネル)


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■ 水とともに生きる ■

現代社会をいきる私たちは、「水」とともにいきる方法を見つめなおそうとしています。

◆浜の景・川の景・海の景

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 急速な生活スタイルの変化は、一方で私たちと海や潟、川との関係を希薄なものとしていきました。

 私たちを取り囲む自然環境や、環境と私たちとの長い関わりの歴史を振り返り、新たな関係をつくるための取り組みがはじまっています。

◆北東アジア4都市の映像

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 海の彼方には、多くの国やまちがあり、いろいろな言葉を話す人びとが、それぞれの文化の中で、日々を暮らしています。

 水平線の向こう側にひろがる広大な世界は、私たちのまちを流れる川と海によって、むすばれているのです。


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