今年も、「みなと・しもまち・川祭り2010」が新潟北部開発協議会青年部と博物館の共催でで開催されました。
連日の晴天続きで、日中はうだるような暑さでしたが、日没とともに川風が吹き抜けるようになりました。
当日は、ライトアップされた博物館と近隣の施設や当館子ども広場でつくられた灯篭が幻想的な雰囲気を作りだす中、親子・孫子連れが作った灯ろうを旧信濃川河道に浮かべたほか、蛍光発光する灯りに照らし出された旧税関庁舎など,落ち着いた雰囲気の中で、過ぎゆく夏のひと時を参加者のみなさんは楽しまれていたようです。
2010年度4回目の博物館講座は、厳しい暑さの中にも関わらず、22人の方が講座のために足を運んでくださり、熱心に聴講なされました。
森学芸員が「蒲原の揚水具−ジャバラとゴイ・ミズグルマ−」と題して、稲作において最も重要な仕事の一つである水の管理、これに使われた揚水具の歴史と蒲原の農村部における事例を中心に話をしました。
ジャバラ(タツマキ・樋等とも)は国内では珍しい揚水具で、ヨーロッパではアルキメデスポンプと呼ばれて紀元前から使用されていたことが知られています。日本には中国から竜尾車の名で伝えられ、佐渡や蒲原一帯など新潟県や滋賀県で多く使用されたものの、国内では他の地域の使用例が少ない、めずらしい揚水具です。講座では、蒲原の平野部周辺での伝来資料や事例について詳しく紹介しました。
また、蒲原の平野部農村では、農業用にジャバラをはじめミズグルマ(踏み車・ジャグルマとも)・ゴイ(テンツキ・テッポウ・ツポツポ等とも)といった多様な揚排水具が使用されており、ミクロな視点で記録上の事例をたどれば、揚水具というモノにそれぞれの地域の性質が反映されていることや、歴史的な揚水具の発展史からは捨象されがちな道具を使う工夫があることを紹介しました。。
博物館講座は今年も毎月最後の日曜日に開催します。次回は9月26日、藍野学芸員の「博覧会と新潟U」です。
この日は、前回の座学を受けて、いよいよ青山海岸で土器を使った製塩を行いました。塩田をつくり、海水を撒いては蒸発させて塩分を濃縮していきます。この日の海水の塩分濃度は3%。この濃度をできるだけ高くするため、塩田の表面に3回にわたって海水を撒きました。
塩田の海水が乾くのを待つ間、製塩炉づくりをおこないます。今回の製塩炉は出山遺跡の出土例を参考につくりました。
ようやく塩田の砂表面が乾いたので、この砂を使って、濃い海水を取る作業にうつります。今回、濃い海水をとる方法は、西蒲区の越前浜で行われていた民俗例を参考に行っています。このヌイという道具もかつて越前浜で使われていた道具です。このヌイに、塩田の表面の砂をさらって入れて、そこに、海水をゆっくりと注ぎ入れます。しばらくすると、浸透した海水が、砂に付着した塩分を溶かしながら滴り落ちてきます。この作業後、出来上がった濃い海水の塩分濃度は8.2%になっていました。
いよいよ、土器を使って海水を煮詰めていく作業に入ります。今回は10個の土器を使っての実験です。火のまわり方が一様ではなかったので時間差はありましたが、40分から1時間ですべての土器の海水が蒸発し、結晶化したものが
土器の壁面と底部にのこりました。
暑い中での作業でしたが、土器に白いものが付いているのを確認した参加者たちは感慨深げな様子でした。
この夏、当館では、たいけんプログラムやこどもたいけん講座などで、参加者が多数の土器をつくりました。この土器を仕上げるために、野焼きを行いました。真夏の照りつける太陽のもと、焚き火をし、火の回りに土器を並べ、土器の乾燥を進めます。
土器の水分がどんどんと抜けて、赤黒い色に変色したら、薪をくべ、土器を炎の中に入れて焼成します。15分もすると、土器が炎に包まれ、真っ赤に焼けているのが確認できます。炎が落ち着いたら、土器を冷まして完成です。この日焼きあがった土器は53個、ほとんど割れることなく、無事に参加者へ渡すことができそうで一安心です。
新潟市内では奈良・平安時代の製塩遺跡が見つかっており、当館の展示室でも土器製塩の様子を模型にて紹介しています。今年の体験講座はこの土器製塩を実験することになりました。大人向けの講座でしたが、夏休みということもあって、小中学生の親子での参加も多い講座となりました。今日は、その第1回目として製塩や新潟市内の製塩遺跡の様子などの基礎知識を学ぶ座学をおこないました。
塩づくりは、海水をさらに濃い塩水にするために真夏のギラギラと照りつける太陽の力が不可欠です。台風の影響で天候に不安があるため、予定していた明日15日の海岸での製塩は、21日(土)に延期としました。今年の猛暑、太陽の力を存分に利用したいと思います。
夏休み恒例のこどもたいけん講座、今日は小学1年〜3年生を対象に、縄文時代の衣食住にかかわるたいけんにチャレンジする講座を行いました。まずは、土器作りですが、今日は低学年のこどもたちなので、土器の形はつくりやすいコップ型にしました。成形する前に、施文具を使って模様がどのように表れるかを確認します。こどもたちに人気があったのは、櫛型の文様と大きな凹凸が浮き出る文様でした。それぞれに思い思いの文様を施して完成です。
土器作りの後は、火起こし、編布、石皿を用いたドングリの加工、黒曜石で食材を切る体験を行いました。それぞれの体験にひとしきり興奮していたこどもたちでしたが、単純な作業の中に、いろんなコツや発見を見出すことができたようで、ほんの一部でしかありませんが、縄文人の暮らしの技を、まさに身をもって体験することができたようでした。最後にドングリを使って現代人の口に合うようにアレンジされたドングリクッキーを試食しました。これについては、好みが分かれましたが、「懐かしい味がする」ということでこどもたちの意見が一致しました。
参加したこどもたちからは一様に、楽しかった、との感想が聞かれました。この楽しさの中から、さらに何を感じとってくれたのか、この先につながっていくといいなと思います。
去る7月31日に開催された「新潟島は宝島!? 歴史的建造物の魅力再発見!」講演会を受けて、第二回全体会議を開催しました。今回の会議の趣旨は、これから始まる建物現地見学会に向けて、その方法や調査予定の歴史的建造物についての基礎知識を共有する、というものでした。これまで関係機関や有志団体のメンバーが会議に参加していたのですが、前回の講演会で広く市民に今後の活動への参加を呼びかけたため、歴史的建造物に興味を持つ、新たなメンバーが加わりました。
多くの市民の目線で、歴史的建造物の魅力を発見できる活動が進行し、広がりが見られることを心から期待しています。
みなとぴあと地元「新潟下町を良くする会」の主催で、今年も「夕涼みコンサート」が開かれました。
コンサートが始まり辺りが暗くなるころには,昼間の暑さも凌ぎやすくなりました。会場の一角には今年もレストラン「ぽるとカーブドッチ」の生ビールやワインも用意されました。
ライトアップされたみなとぴあをバックに、多くの来場者がすばらしい夜景と音楽を楽しんでいました。
地元の演奏家による飛び入り参加もあり、涼風吹き渡る芝生広場や整備された“みなと・さがん”には、例年よりも多い600名の聴衆が集まり、演奏が終わるたびに大きな拍手とアンコールの掛け声も飛び交いコンサートは盛況のうちに終了しました。
夏休み恒例のこどもたいけん講座、今日は小学4年〜6年生を対象に、土器づくりの技術と金属加工技術について学ぶ機会としました。まずは、土器作りです。常設展示室に展示されている縄文土器などを見ながら、土器の機能と 形について学びます。その後、実際に自分たちで形をつくり、文様を施します。輪積み法で作っていく際に、上に積む粘土の重さに耐えられるよう少し厚みのある器体を作っていきましたが、こどもたちは、口縁部が思っている以上に膨らんでしまったり、イメージ通りの形に近づけるために悪戦苦闘しながら作業を進めていました。
土器作りの後は、鏡の製作です。今回は、たいけん講座ということで、身の回りにある道具を使って、鋳造と いう技術への理解を深めるため、融点の低い減摩合金を使って鏡をつくりました。西蒲区の菖蒲塚古墳から出土した と伝えられる、だ龍鏡や全国各地から出土している鏡のデザインを比較して、自分の鏡のデザインを考えます。
オリジナルの鏡をつくるために、こどもたちが考えたデザインを木材に彫り込み、木で鋳型をつくりました。
鋳型をつくったあとは、いよいよ鋳込みの作業です。融点の低い金属を使用するとはいえ、高温で火を使う作業が
続くので、大人の手を借りて作業を進めます。るつぼの代わりに使用した鉄のフライパンの中で、減摩合金が
溶けていく様子に、参加していたこどもたちだけではなく、見学中の保護者からも歓声があがります。慎重に溶けた 金属を鋳型に流し込み、冷めたところで、鋳型をはずします。文様がどのように表れてくるのか、緊張の一瞬です。 その後、鏡面をサンドペーパーで磨き、鏡となりました。
土器作り、鏡作りとも、古代の生産技術について考えてもらいたいと企画したもので、古代の生産について忠実に 再現できるものではありませんでしたが、これをきっかけに、参加者たちがさらなる興味を持ってくれるといいなと思います。
開催中の企画展「海峡を越えて ―佐渡と新潟―」の関連企画であるミニシンポジウム「佐渡の近現代と観光」が開催されました。
最初に本間恂一氏(近現代史研究者・元佐渡高校校長)「近代佐渡の産業―離島振興法の道程―」という発表がありました。この発表は近世以降の佐渡の産業について、その担い手や法整備について詳細に紹介する内容でした。
次の発表は、野口敏樹氏(博物館学芸員・佐渡市教育委員会佐渡学センター) の「両津港の歩みと佐渡観光」でした。この発表では、両津港が整備されていく動きと、佐渡観光の発展がリンクして展開していったことが紹介されました。
最後の発表は、池田哲夫氏(民俗学研究者・新潟大学人文学部教授) の「佐渡は文化の吹きだまり−民俗学者と佐渡の旅−」という発表でした。佐渡を訪れた民俗学者を通して、佐渡が文化的にユニークな地域であることが発見され、注目されていく動きが紹介されました。
休憩を挟んで、展示担当者の伊東学芸課長とパネラーの活発な討議が繰り広げられ、佐渡観光の歴史についてさまざまな角度から論じられました。
参加された39名の皆さんにも、日頃あまり考えたことのない角度から佐渡観光を考える機会となったのではないかと思います。
現在、当館では新潟市の中心市街地に現存する歴史的建造物の魅力を市民の皆さんと共に探り発信する、「新潟島は宝島!? 歴史的建造物の魅力再発見!」という事業を行っています。この事業は今年度の文化庁の美術館博物館活動基盤整備支援事業に申請し、採択されたものです。
この日開催した講演会は、その事業の一環として、専門家を招いて、歴史的建造物を考えるための視点などについてお話いただくものでした。講師に、長岡造形大学の平山育男教授と新潟大学工学部の岡崎篤行准教授をお迎えしました。平山先生には、「新潟の近代建築を造った人々」と題して、旧第四銀行住吉町支店を設計した長谷川龍雄をはじめ、明治・大正・昭和初期の新潟を象徴する建物を造った建築家たちの業績などに迫るお話をしていただきました。岡崎先生には、「歴史的建造物とまちづくり」と題して、個々の建物ではなく、エリアとして建物を含む景観を考えることや、景観を残していくことの意義などについてお話しいただきました。
暮らしの中で日々、景色として認識している建物たちですが、それぞれの建物の意義や歴史的背景などに注目すると、これまで見えてこなかった視点が現れるということを再認識する機会ともなりました。
この日のたいけんプログラムは、江戸時代のあかりを考えるプログラムでした。瓶をつかって、あんどん風の明かりをつくります。和紙に絵をかいて、瓶の側面に貼り付けます。瓶の中に油と燈心を入れ、火をつけると明かりの完成です。和紙に描かれた絵が光のゆらめきとともにその表情を変える様子が風流を感じさせてくれ、夏の夜に似合う明かりが出来上がりました。
夏休みに入って初めての週末は、毎年恒例の土器づくりのプログラムです。今年は文様を付けることを意識して制作に取り組みました。常設展示室で展示されている笹山前遺跡出土の深鉢形土器を見ながら、文様がどのようについているかを学びました。その後、土器を製作しました。作りたい土器の形をイメージしながら、手を動かしていきますが、鉢を作りたかったのに皿になってしまったり、壺型の首の部分がうまく作れなかったり、と悔しい思いをした参加者もいましたが、縄目だけでなく、貼り付け文などさまざなに工夫の凝らされた土器がつくられました。今日造った土器は、2週間程度陰干しで乾燥させたのち、野焼きをして完成です。
この日のたいけんプログラムは「むかしのあそび」と題して、さまざまなあそびにチャレンジする予定でしたが、紙芝居の実演、体験となりました。ボランティアスタッフによる紙芝居の実演のあと、参加者も実演に挑戦します。画面をめくるタイミングやお話の仕方など、初めての体験にとまどう人も多かったのですが、紙芝居を一枚めくるたびに、慣れてきて、感情たっぷりにお話を進めることができていたようでした。小さなこどもたちには、始まりを知らせる拍子木をたたくことが楽しかったようです。
みなとぴあの夏の企画展「海峡を越えて―佐渡と新潟―」が開幕しました。初日である本日は、開幕式のほか、展示担当者によるファンクラブ向けの解説会や、新潟郷土史研究会のみなさんを対象とした解説会などが開催されました。
今回の企画展では佐渡観光の歴史と新潟市の果たした役割をさぐることをテーマとしています。
現在の新潟県は、江戸時代まで越後と佐渡として、それぞれ別の国として歩んできた歴史があり、明治時代以降の近代史のなかで両者は密接に関係するようになってきました。
県境所在地でもあり、佐渡航路の主要な港町でもある新潟市は、近代の佐渡の歴史に大きな影響をあたえてきました。また、新潟港にとっても佐渡との経済的な関係は非常に大きく、とくに佐渡観光の玄関口という役割は新潟港の一大機能となっていきました。このほかにも海峡を挟んで隣り合う二つの地域には興味深いつながりがたくさんあります。
みなとぴあの敷地からは佐渡汽船の入船出船も眺められます。是非足をお運びください。
この日は午後3時30分から、「みなとぴあ」となりの新しく整備されたみなとさがんの広場で「みなと水遊記2010」、「海峡を越えて―佐渡と新潟―」、「港のカフェ」の前夜祭イベントが行なわれました。
この日のために駆けつけてくれた佐渡の新保保存会による「鬼太鼓」の門付け、古町芸妓による「相川音頭」「佐渡おけさ」の舞などが披露されました。
対岸から出航する佐渡汽船のカーフェリーなども眺められ、集まった観客からは大きな拍手が送られました。
その後ウォーターシャトルのクルージングを楽しむなど、カフェに集まった人たちはビールなどを飲みながら楽しい午後のひと時を満喫されていました。
この日のたいけんプログラムは身近な草花をつかって遊び道具をつくるものでした。まずは、草笛を作って吹き鳴らします。ブゥブゥとなる音は、まるで今流行りのブブゼラのようで、参加者たちも、「持って帰って、サッカーワールドカップを見ながら、ならしてみよう」などと満足な様子でした。また、つやつやと光る椿の葉を使って草履の形を作ったり、おもちゃをつくったり、と自然の中からその恵みを得て、楽しみを作り出すことを新たな想像力をかきたてられた様子でした。
新緑が雨に映える27日(日)、毎年恒例のファンクラブ限定のバスツアーが開催されました。
今年は館長が交代して初めてのツアーです。今回は38名の方の参加を得て、『笹神村史』の編纂等で小林館長とゆかりの深い五頭山麓を中心に、新潟市北区〜阿賀野市域を回りました。
最初に訪れたのは、北区高森の樹齢1200年を越える天然記念物「おおけやき」と古代寺院の伝承を持つ高森薬師です。此処は小林館長が幼少期に疎開して終戦を迎えた地であり、常設展示中世に登場する戦国期に京都醍醐寺の僧が巡行した地域です。
阿賀野川の変遷と高森薬師から亀田方面に続く砂丘列の関係、高森薬師の周囲に残る中世の寺院跡や近年発掘された中世水田遺跡の遺物や様相を解説し、戦国末期に存在したかもしれない高森の寺内町に思いを馳せました。
続いて地元では「古阿賀」と呼ばれ、豊かな自然を残している阿賀野川旧河道跡を見学しました。新潟市域の知られざる歴史の一端に触れ、皆さん驚いたようです。
次に阿賀野市に入り、水原で大地主市島家が別邸として築造し、明治維新期に短期間ながら越後府・水原県の役所が置かれた天朝山を訪れましたが、大変雨が激しくなってきました。ここからは、館長ツアーではまれな大雨の中の見学となり、次の笹神旦飯野神社では、現地案内のため合流した阿賀野市教育委員会の中山さんに山門鳥居で遺構を解説していただき、山上の参拝は諦めました。
村杉温泉長生館で昼食・休憩をとりましたが、短い時間でしたが、温泉でリフレッシュされた参加者もいらっしゃったようです。
午後一番は、今回小林館長がメインの見学場所に選んだ「笹神地区郷土資料館」です。旧出湯小学校跡に設置されたこの資料館の特徴は、資料はレプリカではない「実物」主義、精巧な展示もすべて手作りであるということ。午後のゲストは、約半世紀にわたって阿賀北地域で数々の発掘に携わり、この魅力的な展示を一から作り上げた川上貞雄先生です。精巧な模型制作、考古・自然・民俗・歴史分野の実物資料の実際の使い方が手に取るようにわかる展示の方法の解説と、それを物語る実物資料の迫力は、参加者の皆さんの心をとらえたようです。また世紀の発見となる出土木簡の研究を進めて、沼垂郡の官衙遺跡の有様を解明した発久遺跡のコーナーでは、小林館長が研究の裏話を含めて詳細な解説をして下さり、参加者も満足されたようです。
そのあと、五頭山信仰の中核となる華報寺を見学しました。阿賀野市の中山さんから、この地が古代・中世から様々な信仰の拠点となっていた歴史や、寺内に安置されている大変珍しい鎌倉末期の時宗板碑などを解説していただき、さらに五頭山周辺から出土した様々な中世の石造物が、美しい庭園を作り上げている石水亭を見学しました。
次に、笹岡城で堅固な城郭遺構の仕組みと緊迫する戦国期新発田重家の乱時の笹岡城主の動向について解説ののち、発久遺跡の現地をバスから遥拝、そして大地主市島家の邸宅で、平成7年の新潟県北部地震で倒壊した新発田市天王の市島邸の復旧の様子を見学し、最後に市島邸に程近い福島潟湖岸の大型古代建物群を持つ曽根遺跡を、館長の解説でバスから見学したのち、帰路に着きました。
今回は大変盛りだくさんなコースで、1日大雨に降られる悪コンディションの中でのバスツアーとなりましたが、最後までお付き合い下さいましてありがとうございました。これから小林館長とともに、また魅力的なツアーを計画いたしますので、またご期待下さい。
最後に、参加された皆様、ご協力いただきました皆様、本当にありがとうございました。
今回のたいけんプログラムは、1日目に自分のピンホールカメラを作って、2日目に撮影をする、という日程で開催しました。
初日は、博物館が所蔵する昔のカメラやガラス乾板に写された
昔の新潟の様子を見たあと、厚紙から箱を組み立てて、カメラを作りました。良いカメラを作るコツは、対角線をきちんと引いてピンホールの位置や印画紙を張り付ける位置をずれないようにすることです。難しいところは、お父さんやお母さんに手伝ってもらいながらカメラを組み立てます。カメラ製作の一番の山場は光を取り込む針穴を開けるところです。ジュースの空き缶から切りだしたアルミ板に縫い針で小さな針穴をあけます。穴が空いているのかどうかを確認して、カメラを完成させました。
2日目は、昨日のカメラを使って撮影・現像です。みんなで暗室に入り、印画紙をセットしたら、外に出て撮影です。今日は残念ながら雨模様の一日だったので、撮影時間を長めにして撮影しました。それぞれ、被写体を決めたら、針穴を開放して4分程度待ちます。再び針穴をふさぎ、暗室に戻って現像しました。
どんな写真が取れているのか期待しながら、暗室での作業を始めます。暗室の赤い安全光の下で現像液に印画紙をつけると、画像が浮かび上がってきます。思いのほか鮮やかに写っている様子に参加者たちもうれしそうです。暗室での作業を一通り終えて、明るい部屋で撮影したものを確認し、再び撮影の工程に入りました。
今日は、それぞれが3枚の写真を撮影し、現像することができました。1枚目の結果から、2枚目、3枚目と撮影の時間やポイントを工夫し、徐々にシャープな写真が撮れるようになっていました。
今日撮影できたのは、左のようなネガの写真だけですが、これをもう一度焼き付けると右のようなポジの写真が出来上がります。
雨の中の撮影など、残念なところもありましたが、参加者からは楽しかった、お天気のいい日にもう一度やってみたい、と大好評のうちに終了しました。
今年度、みなとぴあでは文化庁の美術館・物館活動整備支援事業に申請したところ、採択されました。申請した事業内容は、新潟島をエリアに、当館のように歴史的建造物を管理・運営する施設が連携し、市民を交えながら調査・取りまとめ等の作業を通じて、さらに歴史的建造物への理解を促すものです。今回は関係者が集まる第一回目の全体会議を開催し、事業の内容や進め方などについて共通認識を深めました。
会議に参加したメンバーは計30人。その内訳は、歴史的建造物を管理・運営する施設の代表の方、そうした施設の活動を支援するグループの方、まちづくりや観光面で活動する方々です。今後は講演会の開催や歴史的建造物の見学会などを予定しています。ご興味のある方は、ぜひご参加ください。
本日、三芳悌吉生誕百周年記念『砂丘物語』原画展-画家三芳悌吉が描いた1910年代の新潟市-が閉幕したしました。今回の展覧会では、2008年に寄贈頂いた『砂丘物語』原画を、大正期の新潟市の歴史を読み解く視点で紹介いたしました。
展覧会を観覧頂いた方からは、7歳から92歳の方まで、さまざまな年代の方からたくさんのメッセージを頂きました。それぞれのご経験が触発され、懐かしいという感想をたくさんいただきました。
また、ご両親と来館されての感想や、次のようなご両親や祖父母の思い出をしのばれるメッセージもたくさんいただきました。「八年前に亡くなった父は古町十三番の生まれで湊小学校、二葉と進んだと聞いています。三芳さんより二才年下なので同じ時代に同じ学校生活を送ったことと思い、胸が一杯になりました。 父が生きていてこの企画展に来ることが出来たならどんなに喜んだろうと思います。父の分もゆっくり見せて頂いて本当に良い一日になりました。ありがとうございました。」
「1枚1枚の作品に引き込まれ長時間費やしました。精密かつ、ムダな線1本無い、すばらしい技術と豊かな表現力に魅了され、1枚1枚に引き込まれました。」など、三芳悌吉の原画をじっくり鑑賞されてのメッセージもいただき、半日ずっと展示ご覧くださった方もいらっしゃいました。
「あたたかい絵と語り口で読み物としておもしろいだけでなく、大正期の生活環境、労働環境、家族や地域のあり方をうかがわせてくれる資料としてもとても興味深く、大好きです。」、「写真で見る古い新潟と違い暖かさの伝わる絵でした。深刻な場面も三芳さんの筆にかかると、なつかしさと人情が伝わってきます。大正期の風俗・風景・文化・社会の全てが語られた企画展でした。」とのように、歴史資料として原画を楽しんで頂いたメッセージも頂き、歴史博物館の企画展として大変うれしく思います。
「よい企画展ありがとうございました。心から“よかった”と感動でした。」と、観覧下さった方からは大変好評をいただきました。『砂丘物語』原画展のご観覧、誠にありがとうございました。
この日は江戸時代に流行った、紋切り遊びのプログラムを行いました。紋切りは、切り紙の遊びで、重ね折りした色紙で雪の結晶や花の模様など図案化したものを切りぬくものです。 三つ折りにした紙では、雪やキキョウの花など六角形の文様が、五つ折りにした紙では、サクラや梅など五角形の文様を作ることができます。単純な遊びですが、切りぬいた後に重ね折りをした色紙をひろげてみると、美しい文様が作られるので、大人も子供も楽しめる遊びとなりました。
みなとぴあでは、先進事例の研究とボランティア同士の交流を目的に、県外へ出かけるバスツアーを開催しています。今年度は、世界遺産候補に沸く富岡製糸場を中心に、群馬の博物館と史跡整備された古墳を見学しました。
今回の参加者は19人。早朝7時の出発にもかかわらず、車中では事前学習として元気に資料の読み合わせをしながら目的地に向かいました。
最初の見学地は今回のメインである富岡製糸場です。日本の主力輸出品である生糸の生産のため、明治5年にフランスの技術によって造られた我が国最初の本格的な大工場です。施設の解説員さんはデビュー1年半とは思えないほどの立て板に水を流すような解説で、一同感心しながら見学を楽しみました。
見学後、事前に予約した富岡製糸場の近くの料理屋で昼食をとり、午後の見学地である群馬県立歴史博物館に向かいました。
群馬県立歴史博物館は県立美術館に隣接して、「群馬の森」と呼ばれる公園の中にたっています。この博物館にはボランティアではない専門の解説員が常駐しており、その解説員から考古のエリアを約1時間程度案内していただきました。流暢でわかりやすい言葉を用いた解説は、子供から大人まで理解できる内容だと思いました。
今回最後の見学地は、県立博物館から1kmほどのところにある綿貫観音山古墳です。群馬県は東日本を代表する古墳文化の中心地で、数多くの古墳が分布しています。この古墳は全長約100mの6世紀後半の前方後円墳です。発掘調査後史跡整備が行われ、巨大な横穴式石室を見学することができます。ここでも当古墳の解説員の方からご案内していただき、古墳の外側も内部の石室も堪能できました。このような巨大な古墳の石室に入ることは新潟では経験できないことなので、群馬に来た甲斐を感じた人も多かったと思います。また、解説員の方の話しぶりはユニークで、見学者を楽しませたいという思いが伝わってきました。
今回3か所の見学地を3人のガイドさんに案内していただきました。三者三様の個性のある解説ぶりは、みなとぴあで活動するボランティアにとって大きな刺激になりました。
この日は、たいけんプログラム「牛乳パックでイタアワセづくり」を行いました。
「イタアワセ」は、新潟市周辺の平野部で、農業用の船として広く普及していた船です。
板を船釘で固定する構造の船で、当館では牛乳パックを利用して船釘の役割を理解してもらえるような工作キットを作っています。
来館者とボランティアスタッフの参加があり、合計6艘のイタアワセが完成しました。完成した船は体験の広場に用意したたらいに浮かべて試運転をしました。
今年度最初の博物館講座が開催され、35人の方が熱心に聴講されました。伊東学芸課長が「佐渡と観光」と題して、佐渡観光の歴史について、観光資源と観光交通の変遷を中心に話しました。観光化以前から注目されていた史蹟に加えて、大正末から昭和にかけて、尖閣湾に代表される名勝地が観光資源となり、佐渡おけさの流行によって観光地佐渡が全国に売り出されたこと、さらに新潟と連絡する航路が整備され、バスによる遊覧が進められたこと、戦後は新たな観光資源として民俗文化財や芸能が加わり、モータリゼーションの進展に合わせたカーフェリーの導入やスカイラインの整備、大型宿泊設備の建設など、観光によって、佐渡の開発・振興が進められたことなどが、話されました。話を聞いた方からは、現在の佐渡観光客の減少もあり、今後の佐渡の地域振興について考える機会になったという感想もありました。
博物館講座は今年も毎月第4日曜日に開催します。次回は6月27日、土田学芸員の「新潟のおみせやさん」です。
この日のたいけんプログラムは、ふろしきをつかってさまざまな包み方にチャレンジするプログラムでした。このプログラムはたいけんのひろばのボランティアスタッフが勉強会を重ねていろんな包み方を習得し、企画したものでした。
参加者は大きさの異なる布をつかって、包むものに応じた包み方を教えてもらいました。
今日は、新潟県立文書館副館長本井晴信氏を講師に迎え、『砂丘物語』原画展関連講演会を開催しました。
当館にて開催中の企画展『砂丘物語』原画展では、三芳悌吉が描いた『砂丘物語』を歴史的な視点から紹介しています。
その反面で、企画展の中でご紹介できなかった画家三芳悌吉について、講師からお話いただきました。
1990年、画家三芳悌吉の画業及び絵本制作の足跡をたどる「三芳悌吉の世界」展が新潟県美術博物館にて開催され、講師の本井氏は当時の新潟県美術博物館の学芸員としてこの展覧会を担当されました。
講演会では、『砂丘物語』の場面を手掛かりに、三芳悌吉のお人柄や制作の姿勢に至るまで多くのお話をしていただきました。
講演会受講者とのやり取りもあり、笑いもあり、2時間という長時間があっという間に過ぎました。
講演会は78人の方に聴講頂き、ある参加者の方からは「『砂丘物語』を持っているが、全く新しい視点を教えて頂いた」という感想もいただき、好評の裡に終えることができました。ありがとうございました。
なお、講演会の後の展示解説会にも多くの方が参加下さり、当館学芸員の解説を熱心に聞いていただきました。 『砂丘物語』原画展の展示解説会は、毎週日曜日午後2時から開催しています。
今日は、新潟市立湊小学校の全校生徒のみなさんが『砂丘物語』原画展を見に来てくれました。 『砂丘物語』の作者である三芳悌吉は、1923(大正12)年に湊小を卒業しました。湊小のみなさんにとっては、三芳悌吉は大先輩にあたります。『砂丘物語』原画展の縁による協力事業として、湊小のみなさんが1年生から6年生まで全校をあげて見に来てくれました。 4/30に見学の前段として講話をしましたが、その時に紹介した『砂丘物語』の絵の話をみなさんよく覚えていてくれて、それぞれ印象の深い絵を見入ったり、絵といっしょに展示している作品中に登場する生活道具を見たりしていました。
今年2回目の新潟歴史探訪が行われました。前回に引き続き、親鸞7不思議をめぐりました。
新潟の歴史についての理解を深めるための研修で、ボランティアスタッフが、企画から当日の案内まですべて行っています。
まず、親鸞7不思議の一つ、鳥屋野の逆さ竹の伝説が残る西方寺を訪れました。
歩いて数分のところに実際に生えている逆さ竹も見学しました。
次に、川越波切の御名号を見学しました。
親鸞が川を渡る時の船頭さんをされていた方のご子孫のお家に、ご真筆の御名号が残されているとのことでした。
次に、山田の焼鮒を見学しました。焼いた鮒が泳いだという伝説ですが、木にうっすらと鮒の模様が見えます。
近くに戦時中滑走路があったことなど、大変興味深いお話も聞くことができました。
田上の繋ぎ榧の伝説が残る了玄寺も訪れました。
炒った榧の実を親鸞が播いたところ、木が生えてきたとのことです。まだ、実は小さく、青々とした葉が茂っていました。
その後、田巻家のお屋敷である椿寿荘を館長のご説明のもとで見学しました。一枚板のケヤキの材木がいたるところに使用された豪勢な造りで、庭も大変見事でした。
国鉄時代に保養所として使用されていて、ボランティアスタッフの中にも宿泊したことがあるという方がいらっしゃいました。
次に、重要文化財に指定されている茂林寺の子育延命地蔵尊が特別開帳とのことで、見学しました。
素晴らしいお顔だと、ボランティアスタッフにも大好評でした。
最後に親松排水機場を見学しました。1秒で最大60トンもの水を吸い上げる施設とのことで、内部なども見学し、大変有意義な見学となりました。
すべての場所で、ご説明いただき、より理解を深めることができました。次の歴史探訪もボランティアスタッフは楽しみにしています。
4月29日の開催予定でしたが、当日天候不良のため、この日に開催しました。
『砂丘物語』の悌吉少年は、チョークを使って舗装された歩道に汽車の絵などを書いていた、ということですが、この日は、石筆を使って敷地内のアスファルト舗装された場所でお絵かきを楽しみました。参加者が好きなアニメのキャラクターやお城、花などを腕だけでなく、身体全体をつかって大きく描いていました。思った以上に夢中になって地面に絵を描いている姿が印象的でした。
みなとぴあを1日堪能しようというイベント「みなとぴあ歴史たんけん」が行われました。このイベントは、ボランティアスタッフが中心となって、企画から運営までを行っています。この日は、5つのプログラムが行われました。
1つは、旧新潟税関庁舎2階の塔屋の見学会です。階段がせまく急なため、いつもは公開していないのですが、この日はボランティアスタッフの案内で、約10分の見学会に、約150名の方が参加されました。
また、みなとぴあから、みなと・さがんを通って柳都大橋まで、クイズをしながら回る歴史ウォークラリーが行われました。信濃川や橋、船、朱鷺メッセなどに関するクイズでしたが、新鮮な気持ちでいつもの風景が見ることができたと好評でした。約30名の方が参加されました。
たいけんのひろばでは、昔ながらの遊びをたいけんするプログラムが行われました。
愛のかぶと、ぶんぶんこま、こいのぼりロケット、わりばしてっぽう、切り絵を作って楽しました。
約140名の方が参加されました。
また、敷地ガイドツアーと常設ガイドツアーも行われ、こちらも大変好評でした。
多くの方にご参加いただき、誠にありがとうございました。秋には、また楽しいイベントを予定しています。お楽しみに!
旧税関庁舎にて、にいがたの古写真を展示しています。これは、現在開催中の『砂丘物語』原画展に関連して、
その舞台となった明治〜大正〜昭和初期の新潟の街並みを紹介するものです。旧新潟税関庁舎の塔屋から写された町や、古町の街並み、カトリック教会と異人池など、今は無き姿や、今の新潟の景観の基礎となっているものが写し出されています。
明日5月2日には、旧新潟税関庁舎の塔屋に上がるイベントも開催されます。『砂丘物語』原画展を見て、税関庁舎で塔屋に上り、古写真を見てから新潟の街を散策する、そんなゴールデンウィークの一日を過ごすというのはいかがでしょうか。新潟の魅力を再発見できるかもしれません。
三芳悌吉『砂丘物語』原画展の連携活動の一環として、「三芳悌吉がえがいたテイコチャのころ」と題して、新潟市立湊小学校にて当館学芸員が講話を行いました。
湊小は『砂丘物語』の作者三芳悌吉の母校であり、『砂丘物語』にも約90年前の様子が描かれています。講話では、『砂丘物語』に描かれている大正期の新潟市の生活や、その日々の中で幼い三芳悌吉が画家を志していく様子をお話ししました。1年生から6年生まで湊小の全校生徒のみなさんが、現在と異なる大正期の生活や当時の湊小の姿、幼いころから絵が好きだった三芳悌吉の様子についてのお話を熱心に聞いてくれました。
この日は、ガラス棒とガスバーナーをつかって、とんぼ玉とよばれるガラスビーズをつくるたいけんプログラムをおこないました。古代、とんぼ玉を大量生産するのに、鋳型をつかっていたようですが、鋳型を使ったトンボ玉づくりは、後日チャレンジすることにして、参加者が自分でトンボ玉をつくってみました。
ガスバーナーで、ガラス棒を熱してガラスを溶かし、金属棒に巻きつけながら形を整えていくのですが、やっているのを見ていると簡単そうに見えるのですが、実際にやってみると溶け始めたガラスをなかなかうまく巻きつけられません。ボランティアスタッフのサポートでなんとか形を整えて、小さなトンボ玉が出来上がりました。参加者からは「もっと大きなトンボ玉を作ってみたい」「色を混ぜたり、模様の入ったトンボ玉を作ってみたい」と意欲的な感想が聞かれました。
三芳悌吉生誕百周年記念「『砂丘物語』原画展―画家三芳悌吉が描いた1910年代の新潟市―」が開幕しました。
『砂丘物語』は、画家三芳悌吉(1910-2000年)が、幼少期を過ごした大正期新潟市での経験に基づき、主人公である幼い悌吉の目を通して日々の生活や世相を描いた作品です。
新潟市は、平成20年度に『砂丘物語』原画・原稿等を寄贈いただきました。本展覧会では歴史的な視点から、『砂丘物語』1・2及び未刊の3巻から抜粋した原画130点をご紹介します。
それぞれの原画には、新潟市の一隅で過ごした日々が生き生きと描き出されています。町並みや砂丘の風景、くらしと仕事の場面、家族生活や血縁・近隣の人々との付き合いを通じて、大正期新潟市の生活文化を知ることができます。
『砂丘物語』が伝える豊かな歴史的世界をぜひご覧ください。
新潟歴史探訪は、新潟の歴史を現地に行って学ぼうというツアーで、ボランティアさんたちが企画から実施まで全て行っている自主企画です。
この日の歴史探訪は、「親鸞七不思議をめぐる」というテーマで行われました。
阿賀野市の梅護寺では、小島の八房梅・数珠掛桜ご旧跡を見学し、同じく阿賀野市の孝順寺では三度栗ご旧跡を見学しました。他にも、木津切跡碑や満願寺閘門、吉田東伍記念館、水原代官所などを見学し、大変充実した研修を行うことができました。
残りの親鸞七不思議をめぐる研修も行う予定ということで、ボランティアさんは、大変楽しみにしています。
この日のたいけんプログラムは「さらさら砂絵」です。ボランティアスタッフの方が中心となって、プログラムが行われました。
このプログラムは、新潟の砂に、いろいろな色を付けて砂絵を完成していくものです。何回かしたことのある子供たちもいて、とても楽しいと大好評のプログラムです。
今回は全部で8人の方にご参加いただきました。
今年度のボランティア総会が行われました。今年度から就任された小林館長からのあいさつの後、昨年度の活動についての報告を行い、今年度の活動予定について話し合いました。
総会後、ボランティアさんのよる新潟の歴史に関する紙芝居を楽しみました。また、甘粕前館長も加わり、歓送迎会が行われました。ボランティアスタッフさんの温かい気持ちが伝わる会となりました。
常設・敷地ガイド、たいけんのひろばのいつものボランティア活動の他に、今年もいろいろな自主活動が行われる予定です。
5月2日には、ボランティアさんが中心となって「みなとぴあ歴史たんけん」が行われる予定です。みなさんぜひ遊びに来てください。
今年はなかなかサクラが咲かず、やきもきとしていましたがようやく咲き始めました。昨日の暖かさに、かたかったつぼみも一気にふくらんだようで、サクラの枝がピンク色に霞んでいます。次の週末あたりには見ごろを迎えそうです。
万代橋から下流のみなとさがんも整備され、やすらぎ堤からみなとぴあの敷地まで川沿いを歩いてこれるようになりました。春の心地よい日差しを浴びながら、お散歩と花見ついでに博物館にお越しください。お待ちしています。
この日は、午後1時30分から、芝生広場で開館以来第7回目となる「堀とさくらのコンサート2010」が行なわれました。
草木が一斉に芽吹くこの時期、春の風を感じながら桜を愛(め)で、音楽に親しもうと始まったコンサートはすっかり地元に定着した感があります。
今年は例年にない大雪と、4月に入っても気温が上がらない気象条件のため開花が遅れ、ようやくピンク色に色づいた桜の花芽の下、暖かな日差しを浴びて演奏がはじまりました。
集まった観客は500人を数え、曲が終わるたびに大きな拍手が送られ、楽しい午後のひと時を音楽で満喫した1日となりました。
この日のたいけんプログラムは、たいけんのひろばボランティアの最終研修を兼ねて、3人のボランティア研修生と参加者とともに「まが玉をつくってみよう」のプログラムを行いました。参加者たちは一心に削って形作ったまが玉をペンダントにして誇らしげに胸に飾っていました。
これまで研修や練習を重ねて、この日初めて参加者とともにプログラムを行った研修生たちは、「お客さんとのコミュニケーションがとても楽しかった。これからの活動が楽しみ。」「刃物や工具をこどもたちに使ってもらう時に、どういう風にすれば安全で、なおかつ体験者の実りある経験にしてあげられるのか、今後の課題にしたい」などと語っていました。
今年度も、あらたなボランティアスタッフが加わります。1月から行ってきた新規ボランティア研修のうち、本日、「敷地ガイド」ボランティアと「体験の広場」ボランティアの研修が終了しました。「敷地ガイド」はガイドツアーの実践、「体験の広場」は体験プログラムの実演を行いました。
これからいよいよ来館者の前で実践デビューします。新しい仲間にご期待ください。
今月末には、現在、新潟の歴史学習に余念がない新規の常設展示ガイドボランティアも誕生します。そちらもお楽しみにお待ちください。
新年度を迎え、みなとぴあでも新しい体制での運営が始まりました。
開館以来6年間、館長としてみなとぴあを牽引してきた甘粕館長が3月31日で退任し、新しく新潟大学名誉教授の小林昌ニ先生を館長に迎えました。小林館長のもと、新しい企画なども打ち出していけたらと思います。これまで同様によろしくお願いいたします。
館長交代に先立ち、新旧の館長が、みなとぴあについて、新潟と歴史について、をテーマに対談しました。この模様は近日発行の「博物館ニュース帆檣成林」にてお伝えします。お楽しみに。